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  • 平安時代での「物語の楽しみかた」
    平安時代での「物語の楽しみかた」

    紙がとても貴重だった平安時代には本屋の存在がありません。しかし「源氏物語」や「枕草子」など、当時でも評判が高かった物語や日記が存在していました。このような物語はどのようにして広がり、人々を楽しませていたのでしょうか?

    「回し読み」「書き写し」が基本

    平安時代の物語や書物は「借りてきて読む」ことが主流だったと言われています。気に入ったものは「書き写す」といったこともされていたようです。清少納言が書いた「枕草子」では「物語などを書き写すときは、どんなに気を付けていても必ず墨をつけてしまう」とあります。菅原孝標女が書いた「更級日記」では「源氏物語を1巻から読みたくて、心の中で祈り続けた」とあります。当時人気のあった物語は入手も困難だったようです。

    物語が生まれることも大変だった時代

    紙が貴重だったため、物語が誕生するのも大変貴重な時代でした。「更級日記」では、入手した源氏物語50巻ほどを昼も夜も読み続けたとあります。約百万文字の長編小説となっていますが、その物語を書く紙は、当時権力を握っていた貴族である菅原道長から支給されたと伝えられています。物語が世に出るのにも権力や資金が必要であり、読んだり書き写したりすることもそれなりの地位がなければできないことだったようです。平安時代では、物語はごく一部の人間だけが楽しめる特別な存在だったと考えられます。

    「原本」はどれ?

    大変人気のある物語は書き写されて広まりました。「書き写し」がさらに書き写され、そのまた書き写しが書き写され・・・、を繰り返していくうちに、写し間違いや「物語の書き足し」などが出てきてしまい、作者が書いた「原本」とは異なる物語が広まっていったこともあるようです。諸説ありますが紫式部が書いた「源氏物語」は複数の作者がいたのではないかなどと言われいます。1000年以上経て読まれている「源氏物語」は鎌倉時代に写された本が元となっているそうで、紫式部直筆の「原本」から誕生しているものではありません。「源氏物語」ができたのが1008年と言われています。そこから約200年後の鎌倉時代の写本となると、かなりの「修正」が加えられていると言えるでしょう。

    平安時代の物語

    1000年頃の平安時代に誕生した物語は、誰かから借りてきたものを女房などが「書き写して」増やし、広まっていったとされています。書き写した物語には、内容を書き足したりしているものもあったそうで、「書き足しの書き足し」といった現象も起きていたと言われています。「源氏物語」などは当時も貴族の間で大人気だったそうです。