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  • 村上春樹『1Q84』
    村上春樹『1Q84』

    村上春樹は、ノーベル文学賞を獲るのではないかと、毎年言われています。しかし、未だに受賞には至っていません。なぜなのでしょうか。読者は各人、村上に対する評価をお持ちでしょう。評価する人、しない人、十人十色というところではないでしょうか。

    職業作家としての村上春樹

    村上春樹は、『職業としての小説家』という本を書いています。私は、これまで、村上春樹を読んだことがありませんでした。しかし、この本を読み、小説家として日々努力している村上を知りました。まさに村上春樹の魅力を感じた瞬間でした。私の場合は、村上の小説から入ったわけではないのです。彼の考え方の基本が現れたこの本を読んで、村上春樹へ入門したということになるかと思います。

    色彩を持たない主人公

    私が読んだ村上春樹の最初の小説は、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』という本でした。主人公の多崎つくるは、高校時代に名古屋で三人の友人に恵まれます。ところが、彼らは大学生になると、ある日突然、多崎つくるに絶縁を申し渡したのです。多崎つくるは、なぜ、そのようなことになったのか、理解できないままでした。しかし、彼は、恋人に出逢ったことをきっかけに、真実を探すために、一人一人を訪ねる旅に出るのです。タイトルのように主人公がなぜ色彩を持たないのか、ということは、本書からは見出せません。しかし、まるで巡礼のように、一人、また一人と昔の友を訪ねていく過程で、彼は、人として成長していくのです。色彩感豊かな人物に成長していくように描かれているのかもしれません。そうしたことに気づかされるのが、この作品の大きな魅力の一つになっています。

    『1Q84』の登場人物と小説の展開

    村上春樹の小説『1Q84』には、青豆という女性が出てきます。小学校の同級生に川奈天吾がいますが、青豆と天吾は、別々の道を歩んでいきます。後に二人の間に介在するのが、ふかえり(深田絵理子)という少女です。ふかえりは、『空気さなぎ』という小説を天吾が手直しして出版することになります。小説の中で、青豆と天吾はなかなか再会できません。ふかえりの最後はどのようになるのか。村上は、なかなかそれを見せてくれません。一つのエピソードを膨らませ、多様な比喩を使って、読者を最終章までひっぱっていきます。長編小説とはそのようなものなのでしょうか。また、作者はなぜこの小説を書いたのでしょうか。作品の展開の妙のみならず、実に様々なことを考えさせる作品になっています。

    村上文学の可能性

    村上春樹の『1Q84』を読みながら、日本で起こった凶悪な地下鉄サリン事件を想起する人は少なくないでしょう。作者は、この時のカルト集団のことをよく研究して、小説に取り入れています。教祖を彷彿とさせる人物やその配下の者たちが、青豆、天吾、ふかえりたちの周辺に描かれています。村上の小説は創り方の一端を垣間見せてくれます。社会的な犯罪であっても、扱い方一つで、それは豊かな文学になり得ることを村上は証明してくれました。

    村上春樹の魅力

    村上春樹は、基本的には長編作家と言えるでしょう。『1Q84』は、小説家としての力が十分に発揮されています。『職業としての小説家』には、村上作品を読むためのヒントが示されているのです。『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』や『1Q84』は、そのヒントから読者が、村上作品の可能性を創造していかなければならないのです。村上春樹は良質な小説を書く作家です。彼がノーベル文学賞を受賞する日は近いかもしれません。